10年先を思い出して。

日々のつなぎ目

1月8日_世界に対してウソをつく

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この世の中に、自分が本当に存在しているのかどうか、ときおり怪しくなって不安になるときがある。

 

自分が本当にここにいるのかどうか。相手の眼に僕は僕としては写って見えているのか。

まるで静電気をまとってくっつき合っているホコリみたいに、チリが寄せ集まってできた1人の男性のフリをした何か、というふうに見えているんじゃないか。そんなことをたまに思って不安になる。

 

生きているのか死んでいるのか。ちゃんとここに個として存在しているのか、認識されているのか。

知り合いに会ったとき「よう!」ってなるのだから、人として、私として認識してもらえていることは頭ではわかっている。

だけど、もっと根本的に「本当に私はここに存在しているんだろうか」という疑問が残る。

 

恋愛にも同じ考えを抱いてしまう。

女性から見て、僕が1人の男性として魅力的に見えるのかどうかは疑問だ。つまらなくて退屈で下心しかないように思われるとしたら。

 

こんなことを思う理由を考えてみた。

たぶん、演じているからなのだと思う。

他人に対して、女性に対して、世界に対して。

 

一部にはウソをついたり、一部にはあることがバレないように隠していたり。それは多くの人に当てはまるくらいに日常的なことだと思う。

例えば、仕事に行きたくないのに出社すること。貯金したいのに自販機でジュースを買ってしまうこと。収入が少ないのに高いものを欲しがること。嫌いな人にも挨拶すること。やりたいことがあるのに、いつまでもやらないでいること。

 

これ以外にもたくさんある。そうやって自分以外の多くに対して演じているから、ウソをついているから、何にウソをついているのかわからなくなり、それがそのまま自分に跳ね返ってくる。いつの間にか自分で自分を騙すようになり、でもそれに気づかずに時を過ごす。

 

だから、本当の僕はどこにもいない。世界に対して演じ続ける限り。

日記を書いていたとき、ガラス瓶のカケラのような何かが、心の底でキラリと見えた気がした。