10年先を思い出して。

日々のつなぎ目

2月26日_弟の情熱

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同じ会社で働いていた弟が、昨年末に退職した。

 

彼は数年前から雑貨屋さん巡りにハマっていて、北欧のインテリアとか小物類を集めるようになっていた。

土日になればたいてい車で他県の雑貨屋さんに足を伸ばし、そこの店主と仲良くなって帰ってくる。弟はもともとは内向的なタイプだ。口数も少ないし、大人数のワイワイガヤガヤは嫌いな性格だと思う。それでも好きなものへの情熱は尋常でないように思われ、そして営業職で培われた対人スキルもまた活かされているのかもしれない。

 

仕事を辞めた彼は、来月に比較的長めの海外旅行へ出かける。ヨーロッパを巡り、雑貨屋を中心に訪れたいという。英語なんてほとんど話せないはずなのに、1人で約1ヶ月間も海外に行くのだとか。信じられない。だがそんな想像できない行動を可能にしているのは他でもない、雑貨に対する情熱だ。僕にはそこまで熱い気持ちは何に対しても抱けない。正直いって、彼が羨ましい。

 

写真はアイス...と、それを食べるスプーンだ。スプーンに注目してほしい。これは僕自身が選んだ買った、アンティーク市場で見つけたもの。300円くらいだったかな。弟に触発されて、長野からわざわざ東京まで出掛けたのだった。

 

彼は自らの心から湧き出る情熱を持ってして、これから自分で自分の人生の舵をにぎって生きていくのだろう。将来は自分のお店を持ちたいと話していた。だが一方で、すぐ開店するのはあまりに現実的でないこともわかっていた。だから毎日定時で上がれる、労働負担の少ない正社員の仕事も掛け持ちで探しているようだ。

 

多くの人は仕事をして、身銭を稼いで生きている。その仕事が本当にやりたいことだったり、やってて楽しかったり、自分なりの意義を感じられるものであれば素晴らしいだろう。

僕のやっている仕事は、そのどれにも当てはまらない。生活のためと割り切っている。でも本当はそんなのはイヤだと感じている。

弟もまた自分にとって興味関心のない仕事を探そうとしている。僕とは心持ちが違うのだろう。

 

自分にとっての仕事の意義と価値というのは、仕事そのものにあるとは限らない。何かのための安定した稼ぎを得るため。そんな理由でも悪くない。

僕は少なくとも、そう思えるだけの「他の理由」がほしいと思う。