
たんぽぽの写真をよく撮る。
だれにも見向きもされないが、そこにたしかに存在する。その存在は自分の在り方と似ている気がしている。
自分はまるで社会に漂うホコリだ。
新卒で入った会社を辞めた2020年あたりからそう感じるようになった。
いつの間にかここに存在していて、おそらくいつの間にかいなくなる。それは人生がスタートした瞬間からそうだった。ただ意識していなかっただけ。それが、自分の命とか生というものの輪郭をなぞるようになって、それがいかに脆くて弱いものなのか知った。
妥協して諦めて、ウロウロしながらここにいる。暗闇のなかに見えた一筋の光。そこを目指して歩いてきたがそれは光ではなくて暗闇を凝視したときに見える鈍い虹色のざらざらした映像だ。実際には何もない。そして自分がどこから来たのかもわからなくなった。
方向もわからず上下も不明。この先長い?人生の中で方向を見失った歳になる。32歳という年齢でこんなことを思っていては、相当にこじらせているのかもしれない。
少しずつ会社でも役職がついたり家庭をもったりする人が出てくる中で、みんなは着実に人生を前に進めているように思えてくる。一方で自分は何をやっているのだろう。自分ですらわからない。
朝起きて目が覚めたら、死ぬ寸前になっていてほしい。この世の輪郭をなぞりながらこの社会の外に脱け出したい。
そんなことを思う春の夜。たんぽぽはまだ咲いているだろう。桜はもう散り始めている。