10年先を思い出して。

日々のつなぎ目

6月28日_僕にはどうしたってわからない

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役所広司主演の映画『すばらしき世界』をみた。

 

殺人罪で投獄されるも満期となって社会に出た三上。あまりに真っ直ぐすぎる性格ゆえ、間違ったことが許せない。

刑務所では何かあるとすぐに職員があいだに入って取り持ってくれるが、社会は気がつくと自分の席がなくなっている世界だ。あえて無視したり、ときには逃げたりすることが正しい判断の場合もある。

 

映画のなかでいちばん印象に残ったのは、職場のイジメに遭遇したシーンだった。なんとか堪えて無視するのだが、このときから三上にとって、この世はすばらしき世界になったのかもしれない。

自分を守るために誰かが潰されるのを黙って見過ごすこと。これは社会のなかでたしかに必要な処世術なのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。そうは思いたくなくても、どうしてもこの社会で生きるには真っ直ぐな人には苦しすぎるからだ。

 

この映画をみたのは土曜日で、昨日の金曜日までは会社で働いていた。今週の月曜日だったか、残業中に先輩に言われた言葉が腹の底をトゲのように刺してくる。思い出すだけでも非常に腹立たしくなるが、すぐにカッとなって手が出てしまう、三上のような性格でない自分にホッとしている。

 

それでも、この正社員で技術職という身分を捨ててでも、清らかで澄んだ世界に身を置きたいと思わない日はない。

3年まえ、僕は無職で千葉県にあるアパートに住んでいた。毎日、来る日も来る日も何もない。あれを虚無というのではないか。働かないといけないとわかっていながら動けなかった。人に共感されるような理由もなく、ただただあの部屋に閉じこもっていた。あてもなく散歩をし、片道10kmほどひたすら河川敷を歩いていたのは苦しい思い出だ。

 

あの泥沼の中を、進んでいるのか止まっているのかわからないほど変化のない日々を過ごしてきた自分からすれば、いまはもう立派な社会人として働いているわけだ。それなのに、また何もない毎日に戻りたくなる理由はわかってる。この社会が醜くて、みんな自分のことしか考えてなくて、そんな自己中心的なゴロツキたちと一緒にいることがイヤなのだ。そして、そんなゴロツキどもと同じになろうとしている自分自身もまた気に食わないからだ。そんな世の中なら生きていたくないとして、この世から離脱しようかと思ってしまう夜も多い。

 

正社員になれたって、恋人ができたって、欲しいものが買えるようになったって、社会は何も変わらない。みんなそれを知っている。だから自分の身を守って生活するのだ。

こんな世の中で、どうやって生きていけばよいのか。僕にはどうしたってわからない。

 

Amazonプライムビデオ:すばらしき世界