
映画『苦役列車』をみた。
原作は西村賢太の小説「苦役列車」。こちらは読んでいないのだけれど、数年前に誰かのブログで絶賛されているのを知って気になっていた。
日雇い労働の世界に生きる19歳の男のものがたり。仕事、友達、恋愛など、多方面で苦労しながら生きる姿勢がみられた。
若い頃ってほんとうに何もわからない。多くの人たちはその過程のなかで、角が削れて大人になるのだと思う。余計なことは言わないし、変な人はやり過ごす。
でもこの主人公はそうしたものたちへそのままぶつかっていく。それはただ不器用無だけではない気がする。内側に煮えたぎる感情があり、それが抑えられない。それはほとんど怒りだろうし、悲しみとか寂しさとか、そういうのもいくつか合わさってごちゃまぜの心だと思う。
風俗に行ったりゲロを吐いたり、チンピラに絡まれたり。映像としてはけっしてキレイとは言えないのだが、気がつくと画面を凝視して目が離せなくなっていた。ほんとうは部屋の片付けをやりながらの流し見程度の心持ちで見始めていたのだけれども。なんでこんなに引き込まれたのか。
この主人公の北町貫多の生きる世界に比べて自分のいる場所はなんて穏やかでなんの悩みもなさそうな生活なのだろう、とか。仕事がつまらないとかあの先輩が気に入らない、とか。
変な言い方だが、大自然をまえにすると自分が小さく感じて悩みなんてどうでもよくなる、とか言うけれど、あれと良く似た感情になっている。自分と関係なければフィクションとして片付けられるのに。でもちゃんと自分と関係のある、しっかり地続きの関係になっているように思える。
自分の心のどこかを確実に打たれた。どこを打たれたのだろう。それがわからない。