10年先を思い出して。

日々のつなぎ目

1月14日_怒りに水をやり続けている

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アマプラで『20世紀少年』映画3部作をみた。

映画は、小学生のころ遊びで書いていた「よげんの書」が実現してしまう、という内容。少し難しい話もあるが、最後は主人公が子供のころにやってしまった小さな罪を謝罪してシーンで終わる。

 

ほんのわずかな行いが、誰かを深く傷つけることがある。学校でも会社でもそれは同じだ。

もちろん傷つけた側に非があるのは当然だ。ただ、いつまでもそれを根に持って、悪しき心にひたすら水をやる「傷つけられた側」にも、一切の問題がないわけではないのではないか……と思った。これは映画の感想としてはある意味まちがっているのかもしれない。でもいまの自分の心と照らし合わせると、どうしてもそんな感想になってしまう。

 

腹が立つ人間というのが、ある時期に一人は必ずいる。小学校、中学校、高校、大学、その後に働いたいくつかの職場でも。振り返えると名前も思い出せる。

かりに心理学の実験で「怒りを感じてください」と言われれば、間違いなく彼らのうちの一人を思い出して怒りを再現できるだろう。

そう、自分はまだ手放せないでいる。ひらすら水をやり続けている人間だ。そんな自分がまたイヤになり、ほかの理由と合わせて自分そのものを世から捨ててしまいたくなる夜も多いが、それもできずに今に至る。とても残念なことだと思う。

 

映画は怒りに水をやり続けた結果、世界征服にまでに発展してしまったケースだ。さすがに自分はそこまでにはいかないものの、構造は大差ないように思う。自分が受けた痛みを他者に向けるのではなく、僕は自分自身に向けているだけだ。怒りに水をやって苦しむのは自分自身だというのに。

 

許す、忘れる、反面教師にする……。怒りの転換方法にはいくつかのタイプがあるだろう。そのどれもが僕の怒りを完全には消し去ってはくれない。育てすぎて根が深くまで伸びてしまっているようだ。

映画の中のように謝罪しに来てもらえればいいのにな。現実はそんなにうまくできていない。

 

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