
最所フミの『英語の習得法』を読んでいる。
具体的な学習法というよりは、どちらかというとその前段階の姿勢について書かれた本。今年1月のはじめに5冊ほどまとめ買いした書籍のうちの一冊で、これと並行して樋口耕太郎の『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』と同じくホームラン級の良書だと感じている。
日本語しか話せない日本人は、感じたことのすべてを日本語で知覚したり他人に伝えたりする。けれど、複数語つかえる人になると、より適した方の言語でアプローチできるようになるとあった。自分の感じ方や考え方が、もしかしたら日本語よりも英語の方が相性がいい可能性もある。
昨今はAIにより、自分の力量を超えた表現もできるようにもなってきた。イラストや動画を作ったり、話せない言語でコミュニケートもできる。
このブログのどこかで書いた気もするが、AIには実現できないことが1つあると思う。それは、プロセスをたのしむことだ。存在しない風景を自分の指先から白紙の上に誕生させることだったり、雑音にしか聞こえない会話を理解して会話することができたり。
AIは結果しか提供してくれない。結果に至るまでの過程をすっ飛ばすことが、結果重視の社会では歓迎されるのかもしれない。けれど、人間は過程を生きている。死に至る過程だが、結果が決まっているぶん、その過程を楽しんだ者勝ちなのも明らかだろう。
結果重視の社会には、一人ひとりの過程を大切にしないような雰囲気が感じられる。どこかしらに「あなたはムダな存在だ」と突きつけてくるような空気が流れている。
社会の動きは変えられない。今後もますますAIは発展するし、その恩恵もきっとある。それを横目にして、できなかったことができるようになる(例えば英語)、といったふうな、過程をたのしむ人生でありたいと思った。