
投稿した日記が公式サイトで取り上げられた。すなおに嬉しい。
『英語の習得法』という本を読んでいる、という話をしながら、AIについて思うところを述べる内容になった。
文章のうまいヘタは別として、語りの切り口にオリジナリティがあったのかもしれない。自分でも書いていてたのしかった。あの溢れ出る感覚をつねに出せたらいいな、と思う。
世間では現在オリンピックが話題を引き寄せている。テレビをつけると何かしらの中継をやっていて、昨晩も夜寝なきゃいけない時間を超えて、カーリング女子の試合を見ていた。(前半まで見て寝てしまい、翌朝になって負けたことを知った)
プロとアマチュアのちがいは何か。昔写真を趣味で撮っていたときに聞いたことがある。プロは、いかなる場合でも一定以上のクオリティを出せる人のことで、アマチュアは結果がすぐにブレる人のことを言うそうだ。
それを思い出すと、投げたストーンが思ったとおりにならずに結果負けてしまった日本代表は、アマチュアなのかといえばまったくそうではない。プロたちの戦いの中で、誰もが一定以上のクオリティを叩き出せるチーム同士で争ったときの、わずかな違いが勝敗を、そしてメダルの色を決めてしまう。
つねに一定以上でありながら、その上でさらに競い合う。なんて厳しい世界なのだろう。
ただ、その頂きだからこそ見える景色があるのもたしかだ。そこに光るものがあるとは思う。まるで富士山の山頂から見える御来光みたいに。
勝負ではあるものの、その最中はたのしいとも思う。切羽詰まった感覚。このままの状態で、どこまで行けるか。瞬間の連続、一糸乱さぬ精神が求められる。
流れるように文章を書いているときの感覚と、オリンピック選手たちの競技中の感覚は、ある意味似ているのかもしれない。ゴルフボールと地球くらい…いや、原子と太陽くらいのサイズの違いがありそうだが。