10年先を思い出して。

日々のつなぎ目

6月16日_カイロプラクティックをやってもらう

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火曜日。

何度か行っていた整骨院で、本格的なコースでやってもらうことにした。この日がその初日だった。

 

カイロプラクティックという手法で施術してもらう。首の骨とかバキバキ鳴ってびっくりした。日本では無免許でもできるらしいが、アメリカでは医師免許なのだという。先生は免許をもっており、信頼できると思った。

いくつか質問され、また脈を測ったり瞳孔の動きなどをみられた結果、自律神経がかなり弱っていると教えてもらった。すべて納得。私生活は荒れているし、メンタルも落ちる一方だし。

 

これから定期的に通い、腰痛や左足の痛みなど、全身を調整してもらうことになった。

 

6月13日_昼ごはん

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・6月9日~12日

毎日残業。私生活はまったくたのしめていない。

 

・6月13日

野菜炒めを載せてラーメンをつくった。

疲れていると、休日になっても上手にたのしめない。何もしたくない感じになる。

 

6月6日_土曜日

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車の乗り換え相談。日産のスカイラインかフーガで迷っており、オークションでどれくらい出ているのか教えてもらった。

午後はカフェで読書。数年まえに読んだエックハルト・トール著『ニュー・アース』をもう一度読んでいる。

 

ニュー・アース | エックハルト・トール, 吉田 利子 |本 | 通販 | Amazon

 

6月5日_21:00

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会社で嫌なことがあり、上司に相談したら1時間以上経過してしまった。普段あまり話さないので良い機会にはなったが。

嫌なことはビールを飲んでも忘れられない。でもやってられないから1本あけた。

 

6月3日_勝つとは、強く抵抗すること

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昨日のブログに書いた勝守について思うことを。

「バイタリティがない」と書いたが、それはつまり何を意味しているのだろうかと考えた。抵抗力がないということではないか。

 

昔読んだ本のなかで、サケの遡上について記されたものがあった。このブログにも何度か書いたかもしれない。産卵に際して流れる川に逆らって泳ぎ、チカラ尽きたものは流れに抵抗できずに流されていく。その光景をみた本の著者は、環境に抵抗することが生きることの本質ではないのか、と思ったらしい。

 

また『生物と無生物のあいだ』という本を読んだ人の感想を聞いたのも思い出す。生き物かどうかの差は、周囲と己を膜によって区切ることができるかどうかだ、と話していた。自分自身ではその本を読んでいないので詳しくはわからないが、両者はともに似たような結論に達しているようにみえる。

 

バイタリティがないというのは、周囲と自分とを隔てる境界、その壁が脅かされ、押し込められそうになっている状態だと思う。流され続けているのだ。これは抵抗するチカラが弱っていることのほかに、「単にラクだから」という理由もあるような気がする。

 

そういえば10年ほど前、うつ病だった友人とご飯に行ったとき、彼が「うつ病ってなりたくてなっているものだ」と言っていて衝撃を受けた。すべてのうつ病患者が自ら望んでそうなっているとは思わないが、その当事者だった彼はそう考えたらしい。いまの自分と合い通じるところがあるかもしれない。

 

勝つとは、強く抵抗することだ。勝ち続けるには、その抵抗を維持しなければならない。流れに逆らい続け、周囲と己を区切って押しつぶされぬようにしなければならない。そこに何の意味があるのだろう。負け続けて流され続けてもいいのではないか。一瞬そう考えた。だが抵抗することが生命の本質であるならば、命のもつ基本的なベクトルと、脳の思考による怠惰なベクトルは逆方向を向いている。だから余計に具合がわるくなるのではないか。まるで自ら尻尾を丸呑みしようとしているヘビみたいだ。自分はいまそんな状態にある。