夜になると元気になり、朝になると腹痛とか吐き気を感じる。完全によろしくないパターンが続いている。
明日になれば土日がやってくる。明日の夜はコメダ珈琲に行く予定。写真展に出す候補やアイデアを考える。そのことだけを考えて、明日1日を乗り越えたい。
写真は部屋の天井。ストレッチポールに寝そべっている今、まさにこの光景が見えている。
前に進んでいるはずなんだけどなぁ。
昨年はコンビニでバイトしてたし。ほんとうに酷い毎日だった。やることもなくて、やることもしなくて堕落してた。夜はよく散歩してたな。川沿いをぶらぶらと。
憂鬱になって死にたくなって、でも惰性だけで生きてきた。歩みが止まっていないのは、止めることよりも惰性で歩き続ける方がラクだったからだ。
31歳。今年の夏には32歳になる。どうしてなんだろう。時間の感覚的には24歳くらいな気がする。真新しい世界にいるからか。
一瞬でお爺さんになってしまいたい、と昔はよく思っていたが、今もうっすらそう考える。
可能性がなくなって、選べる道が限られる状態がほしくなってしまう。可能性の下敷きになりそうだ...。それは良いことなのか?可能性とは、希望と諦めが混じり絡み合っているもの。若者はまだ先のある未来に押しつぶされそうになり、老人は世界の行き止まりが今にも見えてきそうで恐怖する。
可能性って、あってもなくてもつらいものだ。