
憎む心は、自分の内側から湧き出る。それは毒となって、自分が内側から傷ついていくし、そんな感覚がたしかにある。
湧き出ているあいだは特に、「いま蝕まれているな」と感じる。
だが、腹の立つ人間は必ず存在する。特に会社には。身を守るために各々がキタナイ手を使う。私利私欲のために、他人に頭を下げさせようとする。そういう人間を見ていると腹が立ってくる。
こちらの価値観、道徳心に大きく反する人間だ。
そういう人は変わらないので、こちらが変わるしかない。逃げるか、あるいは強固な防御壁によって自分を守るしかない。そのためには内側を固くしないといけない。
これを書いたとき、僕はトイレの個室にいた。正確には席から離れて避難してきた直後だった。
人として疑うような人物がいる。それはきっとどの職場にも、どの学校にも、どの地域にもいるだろう。そんな彼らには近づかないことがもっとも良いが、離れられないことが多い。できるだけ距離をとりつつも、負けないように防壁を築くしかない。
その防壁は、外側へつくるのではなく内側につくらないといけない気がする。相手を逆に攻撃したりするのではなくて、自分の内側から湧き出る憎む心、その毒を、そもそも湧き出ないようにしたいところだ。
瞑想は、事柄と感情からキョリをとることで、反応を鈍くすることができそうだと思う。
また、居場所を複数もつことも有効だろう。「俺にはこれがある」というふうに考えることができれば、イヤな現実から別の現実へと目を向けることに繋がりそうだ。
瞑想と居場所の複数確保は、どちらも<自分自身に真剣になる>という意味で一致する。自分自身へ真剣になり、没頭し、集中する。それはほんとうにやりたいことをやるってことだろうし、意味のないことをやらないということだったり。ほかにもいくつかあるかもしれない。
3月ももう半ばだ。今年の12月が来た頃には、内側から湧き出る毒が少なくなっていれば、強くなったということだろう。強くならないとやっていけない。このままでは潰されてしまいそうだ。